ユニボ先生

きのう夕食時にテレビ見てたら、学校現場や塾に、対話型のAIロボットが導入されて、子どもたちが意欲的に学習に取り組むようになったと言っていた。気になって早速ググってみたら「ユニボ先生」というらしい。「1対1指導の『AIロボ講師「ユニボ先生」の算数教室』は、月額制で提供するサービスで、小学校1年生から6年生までの算数を網羅(文科省の指導要領準拠)。「ユニボ先生」との1対1の対話型で進み「解き方を教えようか?」「一度でわかっちゃったんだね!」など、タブレットでの学習と異なり、豊かに表現される表情とともに生徒の状況に応じたコミュニケーションができる」らしい。すごい。ロボットにも共感力が必要らしい。こうした個々のやりとりがビッグデータとして蓄積され、それが教え方・会話内容の改善にフィードバックされるらしい。これまで教師生活ウン十年の個人の経験値が、スケールされ標準化され即座に個別指導に生かされるという好循環。いまの子は生まれたときからディスプレイに囲まれて、家でゲームばっかしているから、こういうインターフェースには全然違和感ないんだろうなぁ、ホントとってもいまどきだなぁ、と感心しました。まぁ、しかし、対話的励ましの演出はあるにしても、基本、常に、「正解」「解法」だけを教えてくれるものと向き合うって、僕はなんかやだなぁ。大人になってからリアルな人間世界にもそういうものを持ち込んだりしないかな。怖い。そういえば最近とある大学の先生が、いまどきの大学生は、確実に単位がとれる正解/早道を初日から聞いてくると嘆いておられた。提出レポートのお題を早く教えろとか、出席をとらないのはフェアじゃないとか、万事、単位に直結しているかしていないかばかりを気にして、学ぶ中身はどうでもいいような態度らしい。教育現場が「評価」という軸で覆いつくされた結果、そうなってしまったのではないかと。白か黒か二択で、その中間のグレーな状況に子供たちや若者は耐えられなくなっているのではないかと。そうだとしたら、そりゃ大変なことだ。中小企業支援なんてグレーゾーンしかないぞ。正解なんてどこにもない。曖昧な状況を「耐える」というか、曖昧な状況から何を導き出せるのか、というのは結構子どものときから大事な気もする。かくいう僕らの世代も、偏差値で輪切りされまくって、こいつらどうなるんだと心配された口でしょうから、あまりえらそには言えないだが。

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