奇跡の指導者

ゴルバチョフが亡くなった。僕が社会人になった2年目の1985年に彼はソ連の書記長に就任している。もう40年近くも前のことだ。ソ連の書記長はソ連の最高権力者。薄れつつある自分の記憶の中では、ブレジネフの書記長在任が長く、そのあとアンドロポフ、チェルネンコと短命の政権が続き、そのあとにゴルバチョフが就いた。ゴルバチョフ以前のソ連書記長は、歳をくった陰鬱な爺さんがのっそのっそと徘徊する暗~いイメージしかなかった。ソ連という体制の陰鬱な面を余すところなく伝えていた。ゴルバチョフ以前の米ソの対立はいま考えると危険なほど先鋭だった。1980年にアメリカの大統領になったレーガンはソ連を「悪の帝国」だと公然に言い放っていた。核戦争まで秒読みだといつも言われていた。当時の僕はその実感はなかったが実際にそうだったのだろう。それがゴルバチョフの登場で一変した。最初にゴルバチョフという人間を買ったのはイギリスのサッチャーだったと言われている。ちゃんと話をすればわかる男だと。その後、1989年の東西の壁崩壊、東欧諸国のソ連邦からの独立、そして1991年のソ連崩壊と一気に進んだ。戦争なしに、これだけの歴史の大転換が起きたのは世界史的な奇跡だといま改めて思う。ゴルバチョフはノーベル平和賞云々を超えて永遠に世界史に名をとどめる人だと思う。ある意味よくここまで、暗殺されずに、天寿を全うできたものだとも思う。いま世界にその無法な最低ぶりを晒し続けているロシアはある意味ずっと最低だった。ウソも裏切りも殺人もなんでもありだ。そんな国の最高指導者にゴルバチョフのような開放的で信用と対話を重んじるある意味リベラルな人が就いて国を引っ張ったというのは文字通り奇跡だった。その結果、確かにソ連は壊れ、その国の人々は一時期辛酸をなめた。その経験からもう二度と「ゴルバチョフ」は彼の国には現れないだろう。プーチンの後にはもっとひどい「プーチン」が現れるかもしれない。信用と対話をもはや信じない彼の国と西側はどうやって共存するのだろう。時代は完全に冷戦時代に戻ったのかもしれない。

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