異次元の少子化対策?

この言い回し、とても嫌だ。10年前の第二次安倍政権が誕生したときの「異次元の金融緩和」にちなんだ命名なのかもしれないが、そもそも政策でどうこうなる次元を超えてしまっている深刻な話に、こういう奇をてらったネーミングをぶっこんで政権の支持率回復をという安っぽいマーケティング的意図や透けてみえてとても嫌。日本のこの長きにわたる少子化を反転させるのはもはやとっくに手遅れと言われている。子どもを生める適齢期の女性の数がもはや十分に減っている。その女性たちは結婚を選択しなくなっている。結婚しても、今度は子どもをつくるつくらない、生む生まないという次の選択のハードルがある。つくらない、生まないほうを選択をする人たちが増えている。いくつもの要素が乗数効果になっていまのこの少子化につながっている。自分らの昔を振り返ると、結婚や子どもというのはそもそも「選択肢」ではなかった気がする。社会のnorm(規範とか標準という意味)みたいなもので、わけもわからずに踏み出してあとでいろいろとああだったこうだったを学ぶパターンだったが、いまは違う。踏み出す前に考える、計算する。終身雇用の時代はいつしか消え去り、65歳まで一社で勤め上げて食う時代ではなくなった。年金給付開始はいずれ70歳以降になる。老後の期間はうんと長くなった。一生働いて自分で自分を食わせなきゃいけない、生きていかなきゃいけない。いつなんどき「食えない世界」に滑り落ちるかわからないリスクを感じる人生において、自分の遺伝子をさらなる過酷なリスクにさらしたくないというのは、ある意味の生物としての防御本能かもしれない。子どもをつくることがリスクだなんて僕らの頃は考えなかったが、いまは考えないほうが異常なんだろう。かくして、行政がいくらおカネをばら撒いたところで、この思考サイクルを反転させるのは無理というもの。少子化の先の社会の在り方、日本という国の残し方を考えたほうがよほどいい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です