11年

もう11年。その日は東京、その瞬間は会社でオンライン会議中だった。ちょうどある案件の交渉相手の中国側と丁々発止、机をたたかんばかりのやりとりをしている最中の地震だった。パーテーションが倒れるくらいに揺れて、いっしょに横で会議に参加していた部下の人に逃げましょうと言われても、もう少し言いたいことがあると机にしがみつきながら「お前らいい加減にしろ」と画面に向かって怒鳴っていた。思えばバカだった。早く避難すべきだった。その日は帰宅困難者になってオフィスの廊下に横になって仮眠をとった。翌日山手線は止まっていた。お昼前に運転再開したが、踏切が目視確認だったらしく大崎から渋谷までものすごい時間がかかった。そんな日だった。津波の映像は翌日家に帰って観た。現地に足を運んだのはその1年後。急に思い立って、新宿から夜行バスで石巻へ。地図もなく地理も知らない町をずっと歩いた。発災から1年後の石巻はきのうそれが起きたかのような惨状のままだった。本当にショックだった。いろんな意味であの311は人の人生を変えた出来事だったなぁと思う。あの衝撃を受けた惨状がいまウクライナでは人間によって武器によってもたらされている。怒りもまた新たにした311。

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