全部●●のせい

きのう参院選が公示され選挙戦に突入した。党首がテレビで自党の政見を訴えている。これだけ世の中が激変しているというのに、この「既視感」は何?という感じ。特に野党はすさまじい。たぶん、何があっても、どんなことも、「政府という極悪人」がいて、こいつのせいだ、という論法が変わらないからそう感じるのだろう。そういう意味で欧米で跋扈する「陰謀論」と同根かもしれない。「自分がこんな状態なのは自分以外の誰か...そうだ、あいつのせいだ」と言うのはわかりやすくて共感を得やすい。だけど実際の世の中でそんなことはない。大概は自分もしくは「私たち」のせいだ。もっというと、行動を規定する考え、マインドが変わらないせいだ。日本は給料がこの四半世紀あがっていない。それは事実。思えば30年前はピークだった。自動車も家電も日本製が世界中にあふれる時代だった。転機は2000年代初めのNokiaに代表される携帯電話の台頭とそのあとの2007年のiPhoneの登場だったと思う。日本家電は惨敗した。自動車は好調だったが生産は海外に行ってしまった。モノづくり日本は国内で作るべきものを失った。僕たちは伸びないパイに生活を適合させることを選んだ。いつしかモノへの欲望はなくなった。最近の若い人はクルマもいらないし家も買わない。温泉地に行くこともない。自分も還暦を迎え、サラリーマンでなくなった途端、おカネは極力使わなくなった。長生きはリスクである。貯蓄を減らしたくないというのは自然なことだ。かくして消費しない人々ばかりが増える国で給料伸びるわけないよね。そりゃGDPギャップは大きくなるでしょ。いまの日本は給料が伸びる仕組みを欠いている。僕は開国、移民受け入れしかないと個人的には思っている。「消費する人」の頭数を国内に増やさないと始まらない。もう消費税を減税しようがGO TOやろうが、僕ら日本人の消費行動は変わらない。貯蓄から投資へ、なんてことをこれから進めるならなおさらだ。足元の100円より20年後の200円だ。「あれもこれも政府のせいです」は、政治というものの本質なのかもしれないが、仕組みから構造から変えることから逃げたままでは結局何も変わらない。本当は「変わらない」ということを無意識に僕たちは選択しているのだろう。世間の目を気にしてマスクひとつ外せない僕たち。本当に根が深い。

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