奇跡の配合

日経新聞名物連載の「私の履歴書」。今月はソニー・ミュージックエンタテインメント元社長の丸山茂雄さん。僕がソニーに中途入社した1998年に、まさSMEJの社長を務められていた。当時五反田にあった「NSビル」と呼ばれたソニー本社に、ジーンズをはいて7階の役員室に入る姿をよく見たものだった。白髪でシニアな感じ満載な方だったが、社長を務められていた当時まだ50代半ばだったのか、と改めて驚く。それ以上に、この方の、何事にも囚われない自由な発想や行動はすごいなぁと思う。ソニーは東京土着の戦後ベンチャーで、東京という土地柄、地方よりも豊かで自由な気風に子どもの頃から触れた自由闊達な多士済々の人々が集った会社だと思う。丸山さんも間違いなくそんなひとりだ。ゲーム事業に参入するくだりは知ってはいたけどご本人が「履歴書」で語ったエピソードは改めて面白かった。久夛良木さんというのは当時のソニーの中で風雲児そのものだった。天才エンジニアだったが、敵も多かった。普通の会社ならとっくに押し潰してしまっていただろうが、この丸山さんがいたから空中分解せずに成果を出せたのだろう。いまのソニーのかつてない隆盛は、ゲーム事業を中心としたエンタメに事業の軸足を移したからで、そのコアは、コンテンツを生みだすクリエーターを支援するという、まさに丸山さんが育てた事業のスタイルにその芽も根も花もあった。エレキの会社でありながら、コンテンツ中心へのドメインシフトができたのは、30年以上前からのこの奇跡の配合があったからなんだなあと改めて深く思いを致すのである。ソニーはどこまで行っても懐深くベンチャースピリットあふれる会社なのだ。

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