English makes you more logical

熊本・菊陽町に工場を建設中のTSMCが竣工すると台湾本社からエンジニアが1200人くらい来日するとされている。たぶんみんなnon-Japaneseだ。その家族を含めれば2~3千人の外国人(主に台湾人)コミュニティが突如熊本にできる。例えば台湾人向けに特化した日本語学校や日本語教育はきっと高い需要があるだろうなぁと思う。しかし「日本語を教える」ってそれ自体が「日本語を学ぶ」より大変そうだ。以前から思っていることだが、基本的に英語は「論理」を司る言語なのに対して、日本語は論理よりも関係性や状況描写を司る言語だと思う。英語はなにより主語述語をまず言い切ることから始まる。I believeと始めれば、「believeしていること」とその理由を説明するしかない。最初に結論から始まる。理由がそれに続く。徹頭徹尾、論理的だ。自分と相手と第三者で英語の世界は成り立っている。日本語は複雑だ。相手が目上か目下か。先輩か後輩か。知っている人か知らない人か。自分との関係性で敬語の選択肢が変わる。相手の表情や反応次第ではいまここでどこまで言い切るかの選択も変わる。なんなら言おうとしていた結論も最後で変わる。相手との関係を維持するために最後するっと抜けてしまう言語だ。中学で英語を習い始めるとき、This is a pen. This is a desk. This is a chair. など延々モノを指し示すフレーズで英語を始めるのもいまにして思うと滑稽だ。そんな情景、リアルの世界にはない。見りゃわかるから。英語はやはり自分の考えやポジションを説明するツールなのだ。日本人は子どもの頃からそういう訓練をしない、自分の考えを表現する習慣がないので、英語が身につかないのだ、と思っている。たぶん当たっていると思う。脱線してしまった。

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