親ガチャ

「親ガチャっていう言葉を知ってますか」と先日ある機会に訊かれて、私は全く知らなかったので、調べてみると結構最近注目浴びている言葉のようです。「実用日本語表現辞典」によれば、「親ガチャ」とは「子どもの立場から『親は自分では選べない』『どういう境遇に生まれるかは全くの運任せ』と述べる表現。ソーシャルゲームにありがちなキャラクター入手方法(いわゆるガチャ)になぞらえた言い方」だそうです。「親ガチャ」にはSR(スーパーレア)・R(レア)・N(ノーマル)というランクづけがあり、自分が「ガチャ」を回した結果、「その親」に当たった・ハズレたのだから、仕方がない、諦めよう、というようなニュアンスを持って広がっているらしいです。まぁ、私らの世代でも「親と上司は選べない」という言葉があって、特にサラリーマン人生では必ず一度や二度「ハズレ」の上司にあたることがあって、それを耐え凌ぐ言葉として何度も赤ちょうちんで交わされる言葉だから、まぁ大仰に考えることもないのかもしれませんが、そもそも親がハズレとかアタリとか自分は考えたこともなかったし、仮に親がハズレでも、いろんな人と会ったり刺激を受けたりするなかで、親とは違う職業や境遇を創っていくというのが、この人間社会の活力であろうと思うのですが、この「親ガチャ」の言葉には、なんかそれとは違う、ものすごい自己肯定感のなさ、低さを感じてしまいます。だから、若者は..ではなくて、この自己肯定感というやつは、我々シニア層含めて本当に課題です。生き生きと暮らす、働く、ということは、自己肯定感の裏返し。とかく「生きづらさ」がどんどんとクローズアップされ深刻になる現在、「親ガチャ」の裏側にある「生きづらさ」の正体にもっと向き合わねば、と思いました。

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